但馬情報特急

九条の会

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suzuran写真館とミッキーの手まり

2019年2月15日 (金)

2019 コウノトリ 山本巣塔 繁殖準備

2月11日(月)に祥雲寺巣塔において1卵目の産卵が確認されました。
豊岡盆地及びその周辺地域では今年一番早いと推定されるとのこと。
自宅近くの山本巣塔でもコウノトリ夫婦が繁殖準備を始めました。
2018年は2月9日に確認し、2016年に気づいたのは2月27日でした。
仲がよくて子育て上手な夫婦なので、近いうちに抱卵を始めるでしょう。
 
仲のよい山本巣塔のつがい
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ちょうど大阪空港発のJAC2321便が頭上を通りコウノトリ但馬空港に向かいました。
昨年導入されたフランスATR社製の新型機「ATR42-600」で、客席も36席から48席に増えたそうです。
 
鳥と空港と飛行機
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2019年2月13日 (水)

植村直己冒険賞に岡村 隆さん 

第23回の植村直己冒険賞の受賞者に、探検家の岡村 隆さん(70歳)が選ばれ、直己さんの母校明治大学紫紺館で記者発表されました。
同時に、植村さんの母校府中小学校で、6年生らが集まり、東京とテレビ電話中継されました。
 
昨年に続いて但馬山友会として案内を受けて、小学校での発表会に参加してきました。
2月12日は植村直己さんの誕生日、存命なら78歳でマッキンリーで消息を絶ってから35年になるそうです。 
私も府中幼稚園、府中小学校、府中中学校、豊岡高等学校と7年遅れて学び、自宅が川を挟んだ隣村で、面識はありませんが常々誇りに思っています。
 
国道沿いの看板               府中小学校会場
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びっくりしたのが、受賞者の岡村さんが昭和23年生まれの団塊世代だったこと。
受賞対象となったのが、50年間にわたって続けたスリランカの密林遺跡探検なので納得しました。
岡村さんの対象冒険名は、「未知」の遺跡探査に情熱を傾けて約半世紀、南アジアの密林遺跡探検調査 です。
 
最近では「2018年8月にスリランカ南東部のジャングルにあるタラグルヘラ山に到達、翌日にかけて山頂の仏塔跡や付近の岩窟寺院跡、密林中の建造物跡などを次々と発見したほか・・・」と報告されています。
現地では密林に無数に存在する遺跡の破壊や風化が進むのを目にされたとのこと。
 
苦労されたのは、飲料水・生活用水の確保で、採取可能なキャンプ場所の選定、濾過、煮沸だけでなく、素焼きの甕に入れて馴染ませたそうです。
GPSのないころは、画板に貼り付けた地図をコンパスと万歩計で確認しながらの作業だったこと。
危険を感じたのは象の群に囲まれて動きが取れなかったときなどでした。
 
探検と冒険の違いも話題になりました。
岡村さんは・・・・
「自分の探検は、未知なる目標を発見し調査、報告をすることであり、個人ではなく仲間とチームでおこなう活動です」
冒険賞受賞の報を聞いたとき、「冒険といっていいのか?」「チームでの仕事なのに、個人として評価されてよいのか?」など戸惑いがあったそうで、「地味な活動を評価していただいたことを感謝し、仲間の代表としてお受けすることにした」と述べられました。
 
岡村 隆さん(中央)               6年生代表からメッセージ 
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記者に冒険と探検の違いを聞かれた西木選考委員が、「広辞苑で調べてください」との冗談話もありました。
うちに帰って広辞苑で調べると、冒険とは「危険をおかすこと。成功のたしかでないことをあえてすること」、探検とは「未知なものなどを実地に探りしらべること。また、危険を冒して実地を探ること」 でした。
 
過去の受賞者の冒険内容に較べて地味であり、個人的業績ではありませんが、仏教国であるスリランカで半世紀の長きにわたる密林の中での遺跡探検調査は、冒険賞本来の趣旨に添うものとして選ばれたのでしょう。
 
岡村 隆さんが理事長を務める
 
 
 
 

2019年2月 6日 (水)

種子は地域の財産(たから)

保田茂先生の講演会があると聞いて、養父市大屋市民センターに出かけました。

 
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「おおや有機農業の会」の地元でもあり、会場は100人を超える人で満員でした。
テーマは種子、ろくな審議もされずに昨年4月に廃止が決まった「主要作物種子法」の狙いと将来への影響をわかりやすく説明されました。
従来は各都道府県の農業試験場によって研究され、安定して供給されてきた種子制度が廃止になって、民間参入が促進されることが問題です。
理由は「優良品種の開発が公的機関に限定され、民間企業の参入機会を奪っている」とのことです。
 
これはTPP、日米二国間の合意などで、米・麦・大豆の主要作物まで、外資系巨大企業の参入を容易にする狙いがあります。
競争原理の行き着く先は、競争によるコストダウンではなく、寡占による価格の高騰と多様性の欠如という、農業分野における弱肉強食が進むことになります。
幸い兵庫県では県条例で継続することが決まりました。
 
朝日新聞但馬版の甲斐記者の記事がわかりやすくまとめられています。
甲斐さんは「農は楽し」(特区1号の現場から)で農業特区に指定された養父市の農をテーマに、特集は今日で204回を数え、単行本にもなりました。
 
朝日新聞但馬版(2月4日)
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保田先生の講演を聞くのはたしかこれで4回目、ちょうど昨年同時期にも開催されました。
         
 
米だけでなく、果樹や野菜の種子も国内大手によって市場独占が進んでいます。
全国一律ではなく、地域の風土に育った在来野菜が見直されています。
企業の論理である「売れるもの、儲かるものをつくる」のではなく、「生産者が作りたい」「消費者が食べたい」作物がこれからは求められでしょう。
●食べ物だけでなく“種”にも関心を持つこと。「どんな・何処で・誰が!」
●在来種の発掘。 「種を播く~味を確かめ~種を採る~次世代に残す」
 
P2041458_2会場では、養父エンドウと但東町の黒豆(黒蔓)がそれぞれ、2個ずつ配られました。
エンドウを播くのは11月、3月にまけば時期を過ぎていますが、種くらいは取れるだろうとのこと。
黒豆の播種時期は6月中旬です。
僅かな数ですが、会場の100人が取り組めば広がりますね。
伊佐屋菜園でもやってみるとしましょう。
 
会場には広瀬養父市長もお見えになりました。
去年の食育講演会もそうですが、講演を一緒に最後まで聴いていらっしゃいました。
挨拶だけで後は退席というパターンが多い中、農業特区1号養父市のトップとして学ぶ姿勢はご立派です。
 

2019年2月 2日 (土)

シカの駆除

昼ご飯の後、近くに住む薫製仲間から電話。

「シカ肉いらん?」。「いるいる。もらうで!」。「ほな14時頃家へおいで」
彼は山の近くに住み、猟師さんと懇意なので、今までも時々もらっています。
一昨年などは、「留守だったから玄関に置いといたで」と聞いて、帰ってみると肥料袋にニョキッと足が出たもも肉が置かれていたこともありました。
 
14時前に家へ行ってみると軽トラで近くの山に案内され、なんとくくりワナにかかった3歳くらいの雄シカがいました。
まもなくプロがきて、罠にかかったシカの写真を撮ったあと、一発で脇の下心臓付近を撃ちほぼ即死です。
 
解体にかかる前に、死んだシカにスプレーで狩猟の許可番号を書いて、A4大の書類と一緒に自分も入れて写真撮影します。
駆除の証拠として尻尾の先をちょん切って保管しています。
この写真2枚と尻尾をつけて申請すると、補助金が支給されるようです。
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その後、背中から切り開いてまず背骨の両横についている背肉を切り取ります。
次に脚から太ももを根元で切断し胴体と切り離します。
30分ほどで背肉2本ともも肉2本、合わせて10kgをいただきました。
 
半切りした背肉                  もも肉
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山が近いこの地域の田や畑はシカが増えて大きな被害を蒙っています。
柵や網で囲っても大雨による増水で壊れ、補修を怠るとシカやイノシシが侵入してきます。
雑草・虫・病気とたたかい作物を育てる自体も大変な作業であるのに、大きくなった頃に獣に食べられるのは情けないことです。
 
また、農業だけでなく、希少な植物を食べてしまったり、森に生える植物のほとんどを食べてしまうことで、嫌鹿植物のみがはびこって生物多様性を損ないます。
さらに、森林の持つ水源を育む機能を損ない、崖崩れを生み土砂災害にも繋がります。
 
生き物を殺すことは可愛そうなことですが、山の恵みとして肉を利用することで、無益な殺生となりません。
シカを駆除する意味を考えながら、感謝して美味しくいただくことにします。
 
 
 

2019年1月30日 (水)

神鍋高原スノーシュウオーク

冬の但馬には珍しい快晴の予報に神鍋山に出かけました。

数日前の雪で各ゲレンデとも滑走可能、平日でもありお客は少ないものの好天下の滑走を楽しんでいました。
アップ神鍋中央ゲレンデは、消防本部、地元消防団、警察が救助訓練を、自衛隊員のスキー訓練も行なわれていました。
 
アップ神鍋中央ゲレンデ
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救助訓練中                   自衛隊スキー訓練
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神鍋山山頂コース                ウサギではない テン?
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山頂休憩所                    貸し切りランチ
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南東方向:手前ブリ山、左奧に床尾山     南:粟鹿・青倉・朝来山、右前とんがり山
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左:万場スキー場、右:奧神鍋スキー場   噴火口
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北西:三川山                   白菅山
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マイスノーシュー                  裏面
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登りはトレースが残っていたのでらくちん歩行、山頂から少し散策して噴火口を一周し、ゲレンデ隅を直降で戻りました。
 
簡単に言えば、スキーやスノーボードは雪面を滑る道具、スノーシューは逆に滑らないための道具、日本古来の和かんじきに対し西洋かんじきと呼びます。
滑る快感は得られませんが、少々の傾斜も何のその、下りにも威力を発揮します。
以前は氷ノ山や瀞川山にも登りました。
膝を痛めてから、晴れかつ無風しかも低山に限って年1~2回程度登場します。
 
 

2019年1月27日 (日)

暖冬でしょうか? 2019

今シーズンの初雪は12月28日に報告しましたが、大寒も過ぎたにもかかわらず、雪なしの暖かい日が続きました。

冬型も強まった26日になると、気温も下がり雪がちらつき豊岡市に大雪警報が出ました。
積雪は7~8cmといったところで、除雪車の出動基準(15cm以上)には至らず、27日朝4時過ぎに警報が解除されました。
明日明後日と雪マークはあるものの冬型の気圧配置は崩れ、ヤマ場は去ったようです。
 
今朝の積雪
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Uターンして35年になりますが、その年の58~59豪雪には泣かされました。
今までの経験では1月の10日~大寒の20日頃、2月に入って節分時期と、「建国記念日」前後にまとまった積雪があるようです。
それを過ぎると雪は降るものの、ほとんど積もることはなく、日も長くなり春が近づくのがわかります。
 
昨日からの雪で、一部を除き営業できなかった神鍋スキー場も営業を始めました。
北近畿豊岡道の日高神鍋高原インターも共用開始となり、京阪神からもさらに便利になりました。
立春を過ぎるまで安心はできませんが、どうやら暖冬のようです。
「山に多く、里には少し」、そんな身勝手な願いを聞き届けてもらいたいものです。
 
 

2019年1月25日 (金)

高生平野の小麦畑

我が家の西、高生平野(国府平野)に青々とした小麦畑が広がっています。

以前から「減反」のために転作され、減農薬大豆や米粉用の米を作っていた圃場です。
一時はソバを作っていた頃もありましたが、播種時期に雨が降ったり地味が肥えているせいか収穫は思わしくなく、ゼロに近い年もありました。
 
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昨年暮れに発足した農業法人府市場農産では、無農薬白大豆を中心に慣行白大豆・慣行小豆・減農薬米粉の栽培などの栽培を予定しています。
(慣行というのは農薬や化学肥料、化学土壌改良剤などを使う栽培です)
 
国が都道府県に生産量を割り振る「減反政策」は17年度をもって廃止になりましたが、大豆などに転作するすると、転作補助金が支給されます。
今年度も秋の収穫期に向けて、大豆の収穫に使う汎用コンバインや乾燥施設や・選別機など大きな投資が予定されています。
 
ただ豆類にはつきものの、連作障害を緩和する意味もあって、裏作として小麦を栽培していると聞きました。
もっとも小麦にも連作障害があるようです。
それに較べて米は連作可能で、アレルギーを引き起こすこともなく、日本の風土や生活に適した究極の主食と言えます。
 
6月頃になると青々と育つ稲と収穫時期を迎えて黄金色に染まる「麦秋」の見事な対比が見られます。
小麦の収穫を終えると無農薬白大豆などが作付けされる予定です。
 
 
 
 

2019年1月23日 (水)

アコンカグアへの挑戦(続)

山の師匠Uさんにアコンカグア登頂の時期とその時の様子をお聞きしたところ、返事が返ってきました。

1983年(大学4年生)15日に登頂しました。

当初は単独で挑むつもりでしたが、ペルー滞在中に、故長谷川恒夫さんがツアーガイドで同じ時期に入山することが分かり、また先輩の知り合いがアシスタントで同行している事もあり、一緒に行こうか誘われて帯同しました。
4200mのベースキャンプに到着後1日休養して、単独で登頂してきました。

ベースキャンプからは、6000m付近でビバーク、翌日登頂してBCまで下山しました。
その後はツアーのお手伝いをしておりましたが、他の方は天候や高度順応不足で約5800m付近まででした。
自分はそれまでに4800m・6300mと2山登ってたので高度順応が出来ていてスムーズに登れました。
帯同のお陰でお酒や贅沢な食事を頂けました。

「5800m・6300mの2山」とは、ヒマラヤでしょうか?
アコンカグア登頂成功率は20~30%で、高山病をいかに克服するかということと、天候に恵まれるかどうかが、大きなカギといわれます。
大学山岳部現役で体力があり、高度順応もできていたうえに、天候にも恵まれ、登頂に成功した強運の持ち主です。
学生で植村直己さんの甥ということで、山仲間に可愛がられ、お酒や贅沢な食事にあずかりました。

なお、叔父植村直己さんは、翌年の1984年2月12日に世界初のマッキンリー冬期単独登頂を果たしましたが、翌2月13日に行われた交信以降は連絡が取れなくなり、消息不明となりました。
同年4月植村さんの功績を伝え、国民栄誉賞が授与されました。
 
 
 

2019年1月22日 (火)

アコンカグアへの挑戦

プロスキーヤーの三浦雄一郎さん(86歳)が、南米大陸の最高峰6,961mの登頂を6,000mの地点でドクターストップがかかり、登頂を断念しました。

三浦さんは2013年にも80歳でエベレスト登頂に成功しました。
それ以前にエベレストの標高8,000m地点からスキー滑降に成功したり、世界7大陸の最高峰からスキー滑降に成功したことでも知られています。

登頂中止の決断は同行した大城和恵医師の判断と勧告にしたがったとされています。
大城さんは日本初の国際山岳医、著書「登山外来へようこそ」で、登山におけるリスクと予防や緊急時の対応など山を歩く私たちにとって知っておくべき知識の数々を教えてくれます。

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三浦さんは、高齢に加え心臓に持病を抱えている身で、持ち前の体力とチームの準備やサポートで登頂を目指しましたが、同チームの次男豪太さんらに南米大陸最高峰アコンカグア登頂の夢を託して下山を受け入れたといいます。

アコンカグアの名は、私にとってちょっぴり身近なものです。
一つは「チームF1B」の山登り隊のU隊長が学生のころ登頂したと聞いていました。
いま一つは但馬山友会の仲間で、百名山も完登されたS女子が、2002年に登頂を目指すも、5,950m地点で降り止まぬ雪のため登頂を断念したという記録を読みました。

登頂を目指すには、事前の訓練や装備、現地に入っても高度順化訓練などなど、想像以上の「努力や思い」の積み重ねがあったことを考えると、「勇気ある決断」と片付けるのは複雑な気がします。 

 

2019年1月13日 (日)

伊佐屋の成人式

成人の日は明日14日であっても、都合がつきやすい今日13日(日)に式典が行なわれるようです。

豊岡市でも今日開催され、午後1時25分~3時15分に成人式の様子が中継配信されます。
昨年の様子を見てみると、新成人の服装は女子は晴れ着に白のストール、男子は背広ネクタイがほとんどでした。
 
我が身を振り返ってみると、時は1967年(昭和42年)1月15日、場所は松江市民会館で成人式が行われました。
学生ながらも松江市民となっていた私は、新成人として招待されていましたが、会場入り口で仲間とベトナム反戦・沖縄返還を求めるビラを撒いていたように記憶しています。
好景気に沸く日本で、前年のビートルズ来日に浮かれることなく、国内外の社会的矛盾の深まりを懸念して、新成人としてアピールしたかったのでしょう。
 
娘1の場合、合併前で1月は雪が多くスキー場のかきいれ時と重なるため、11月3日に行われていました。
まだ大学生だったので、この日に帰郷して出席しました。
「親のすね囓りの分際で振り袖は許さない。一張羅のスーツで出席しなさい」との頑固親父の一喝で、娘1はスーツで出席しました。
後で写真を見るとスーツは100人超の女子の中で2~3人、少しかわいそうな気もしましたが、かえって目だってよかったかも知れません。
 
娘2の場合3年後でしたが、こちらは嫁さんの実家が孫娘達にと拵えてくれた晴れ着を着ました。
これは従姉妹が順番に着用しました。
 
孫1娘の場合、もうすぐ14歳、6年後は成人式を迎え、孫2君はその1年後です。
まだどちらもすね囓り中でしょう。
それぞれどんな出で立ちをするのかわかりません。
 
爺やの1967年から孫1の2015年まで約半世紀、時代も大きく変わり祝い方も変わりました。
ところによって10歳で「2分の1成人式」をしたり、80歳で還暦後の「第2次成人式」が行なわれるとか。
少子高齢化の時代、成人式も「1生に1度のこと」ではなく、2度も3度もあるかも知れません。
 
 
 

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