最近人に会うと大発生しているカメムシが話題になります。
ガムテープや防虫スプレーの他に、味付け海苔の容器やペットボトルが効果的との話でした。
ペットボトル:切り離して、漏斗型にしてテープで止め、近づけて容器に落とす
海苔容器:かぶせて、紙を差し込んで、ひっくり返して蓋をする
どちらの容器も滑るためカメムシが這い上がれません。
底に灯油を入れておく人もありますが、蓋をして置けば時間が経つと死んでしまいます。
蓋がなければラップでOKです。
集まったカメムシの身を守る悪臭が容器の中に貯まり、ついにはお互いを滅ぼしてしまうそうです。
凍殺スプレーこちらは手が届かないところに使います。
凍殺とは可哀想な気がしますが・・・・。
これから寒さが増すことで、目につくことが少なくなります。
ただ死んでしまうのではなく、何処かや何かに入り込んで冬を越すのです。
油断なりません。
鮎は年魚のため秋も深まる時期になると、産卵のために、群れで川を下り始めます。それを狙うのが投網漁です。この近辺で「投網の名人」と知られる釣具屋を営むT君の出番です。
その後、浅瀬についた鮎は、鉤針のついた竿で鉤を曳きずる漁(ゾロ掛け)で釣られます。
産卵後は「落ち鮎」と呼ばれ、雌雄とも黒みを帯び、腹部に婚姻色と呼ばれるオレンジ色の帯が目立つようになります。「鮎ハンター」達の飽くなき追尾を逃れた鮎だけが河口近くで産卵し、その生涯を終えるのです。
網をたぐって & 網から外す
獲物のお裾分け & 今晩のおかず(雌鮎に卵、雄鮎に白子)
実は伊佐屋君は小学生の頃から鮎釣りに惚けていて、中・高の試験中も川に出ていたとの伝説?が残っています。その後足を洗い、40年前にUターンしてからは、趣味は山歩きと菜園仕事に精を出すようになりました。それでもハンターと近所なので、好物のお裾分けを頂きます。
かって円山川本流下流域の上郷橋は鮎漁の聖地でした。往時を偲ぶマイブログ記事が残っています。
◎ 2012年10月21日 (日) 「鮎漁の終わり」 ← クリックして投網の名人芸をご覧ください (記事の左端「←」(戻るボタン) でもとに記事に戻ります。
◎ 2023年 6月1日(木) 「円山川鮎漁の解禁」 ← この記事で上郷橋周辺の鮎漁の盛衰を知ることができます。
夏至が近づくと、朝は4時半ごろから明るくなり、夕方は20時前でも薄暮が続きます。
夏の短い北欧では「夏至祭り」として、国を挙げてお祝いするといいます。
四季がはっきりした農業国日本では、作物の作付けの目安となる春分と秋分が大事な季節行事とされ、国民の祝日となります。
夏至や冬至はさほど重視されていません。
我が家の多目的広場から見る夏至の夕陽です。(夏至前日の6月20日)
我が家から見る夕陽は、夏至では真西の蘇武岳から30度北の大岡山の右肩のなだらかな位置に沈み、冬至では30度南寄りの妙見山左端に沈みます。
沈むのが大岡山なので、日没時間(19時16分神戸)とは差があります。
夏至当日は曇りで夕焼けは見られないことを知り、前日に写真を撮っておきました。
●2022年夏至の夕陽 ← クリックしてご覧ください
●2021年夏至に夕陽 ← クリックしてご覧ください
それぞれの記事をクリックしてご覧ください。画面一番左の戻るボタン(←)で元記事に戻ります。
一方、庭には夏至の草花が咲いています。
バラ & セイヨウオトギリソウ
ハマユウ & キキョウ
アジサイ各種(梅雨が似合います)
ハンゲショウ & izayaプラム
ノウゼンカズラ & レインリリー
ユキノシタ & カシワバアジサイ
ウメバチソウ & アサガオ
梅雨も本番を迎えました。
この時期は太平洋側が雨が増え、北部は比較的穏やかです。
梅雨前線の南側と北側では雲の種類が異なることで差が出るそうです。
「雨雲の種類を大きく分類すると、水平方向に広がる層状の雲と、垂直方向に伸びる 塔状の雲に分けられます。 梅雨前線は前線の北側を中心として高層雲や高積雲と呼ば れる層状の雲が広がり一様な雨を降らせます。 前線付近や南側では垂直に伸びる積雲 や積乱雲が発達しやすく、激しい雨を降らせます。」(気象庁HP)
穏やかなはずの北部も、前線の北上に伴う梅雨末期の集中豪雨から逃れられません。
日々の記録を記すのが「日記」なら、マイブログは思いついた興味関心事や記録しておきたいことがほとんどです。5月は9勝22敗で終わりました。(記事掲載日を勝ちとしたのなら)
6月はもう少し頑張ってみるつもりです。
昭和34年の鮎釣り風景(土居区) 6月1日は、円山川の鮎漁の解禁日です。
昔なら菜園近くの上郷橋周辺には多くの「ドブ釣り」客が、夜明けに釣り糸を垂れました。
いまはその姿を見ることはありません
ただ解禁となると、漁具・漁法の制限のないところでは投網などによる漁が行われます
むかし熱烈な鮎漁ファンだった伊佐屋君は、鮎漁に関する多くの記事を書いています。
記事のほとんどは2015年以前の「伊佐屋三木のblog」にあって、その以後の「伊佐屋三木のblog2」には出てきません。
このことが円山川鮎漁の盛衰を物語っています。
それぞれの記事をクリックしてご覧ください。画面一番左の戻るボタン(←)で元記事に戻ります。
鮎釣りは面白いもので、成長によって釣り方を変えます。
<小鮎の時は水生昆虫を食べるので、餌に似せた疑似針を上下させて釣ります>
2008年 ブログ記事 「鮎釣り孝 どぶ釣り」
<成長が進むと、縄張りの岩や石についた苔を食べるので、「おとり鮎」を入れ追わせて鮎を針に掛けて釣ります>
2014年 ブログ記事 「鮎釣り考 友釣り」
2008年 ブログ記事 「鮎 解禁」
2009年 ブログ記事 「若鮎のジャンプ」 こんな時期もありました。
2012年 ブログ記事 「円山川鮎解禁」 昭和34年の鮎釣りの写真も載せています。名人の投網漁の様子は・・・
2010年 ブログ記事 「円山川 鮎漁」 上郷橋近くの釣具店を営むT君の個人技です。
数日前に友人から「初物です」とタケノコが届きました。木々の芽吹きや花が咲くのも、すべてかってないほど時期が早まっています。それを裏付けるような初物です。
大好物を前に自然の恵みと友人の心遣いに感謝しながらいただいています。
昨年は大豊作であちこちから声かけしていただきました。6日夜から7日にかけて大量の雨が降るとの予報です。
「雨後のタケノコ」と言うが如く、いっぱい出てくることを期待します。
竹を使うことが少なくなった近年、竹藪に手が入らなくなりました。
一方、イノシシが大好物で、まだ地面にでてないものまで掘り起こして食べます。
タケノコの豊作とは、イノシシが食べきれなくて人間に残してくれるときを言うのだ、と宣う人がいます。
節分に巻き寿司を、その年の恵方に向いて丸かじりする等という風習が広まりました。
'87年(昭和62年)に海苔業者が制定したもので、節分の夜に恵方に向かい巻き寿司を食べると幸せになるという言い伝えから生まれました。
今や全国に普及し豆まきと同様に、巻き寿司はエッセンシャルアイテムとなりました。
太巻きといえば兵庫県多可町の「マイスター工房八千代」の「天船(あまふね)巻きずし」が有名です。
節分当日も関西のテレビ各局で取り上げられるほどの人気店です。普段でも1日に2,000本を売り上げ 、節分には夜通し作り続けて14,000本を販売するそうです。
特大のキュウリ、焦げ目が入った卵焼き、高野豆腐・シイタケ・かんぴょうの5種類、具だくさんなのは数ではなく量ですね。
我が家も、年齢と経験は工房八千代に劣らぬ「伊佐屋マイスター」が巻き寿司を作ってくれました。
巷では具の中味も海鮮物やアボガドなども加わって、より豪華になっています。
昨年来の諸材料・経費の高騰で、一本あたりの価格も上がっています。
当家の具はシンプルな、卵焼き・かんぴょう・ニンジン・ちくわ・キュウリの5種類です。
口が小さく上品な私のために、食べやすいようカットしてくれます。
柿花火(12月19日)葉が全部落ちてしまった柿の木に、実だけがびっしり付いていて、花火が開いているように見えます。
俳句の季語にもあり、冬空に葉が散った後なお実がたくさん残り、霜で赤らんだその姿がまるで真夏に打ち上げられた花火のように見えるさまを言うのだそうです。
子守柿(12月18日)一方、「子(木)守柿」も冬の季語とされています。木守柿とは何個か実を残しておき、来年もよく実がつくようにと願うのと、小鳥の分をとってあるのだとも言われます。
今年はかってないほどの柿の生り年で、「柿花火」は随所に見かけても、「子(木)守柿」はまれです。
昔はどの家の庭には必ず柿を植えていたものです。
甘柿は勿論のこと、渋柿も合わせ(渋抜き)たり、干したりして食べ、そのまま放置することは考えられませんでした。
子供達にとっても、秋はもちろん、コタツに当たりながら食べる柿は大切なおやつとして欠かせませんでした。
人知れぬ山奥でしか見なかった「柿花火」が、いまではどこでも見られるようになったのは、食生活や住環境の変化でしょう。
先週は辛うじて10度以上を保っていた最低気温も、今週は6~8度台が続いています。
夏仕舞いに網戸を洗ってかた付け、扇風機を掃除して収納します。
替わりに登場するのが掘りごたつと、石油ストーブです。
エアコンもあるけど、やはりこれでしょう。
台所は災害対策で数年前に買った反射式の石油ストーブを使っています。
点火は乾電池、居間のファンヒーターと違って電気を使いません。
マイブログの過去記事「快適生活の脆さ」 ← クリックしてご覧ください。
赤く燃える燃焼筒や、やかんから立ち上る湯気が見た目でも温かく感じられます。
電気もガスも石油も値上がりで、日照時間が少ない冬の但馬は負担が増えます。
それぞれ上手に活用しながら寒い冬を乗り切ることにします。