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2020年1月31日 (金)

人工膝関節置換手術体験記 番外編

1月も今日でおしまい、我が体験記も終わります。
初めての入院、初めての手術でいろいろ体験しました。
雑感を「番外編」として加えておきます。

< 同病相憐れむ >
同じ悩みや苦しみをもつもの同士がいたわりあい、同情しあう意味で知られています。
病棟や部屋を同じくする患者の状況はいろいろです。
同室で動けるものは私だけ、他にも高所から落下や転倒で骨折し手術、脳疾患で手術前手術後の方がいて、賑やかなものです。
他所の部屋では「おーい!」「おーい!」と何時間も叫ぶ声が聞こえてきます。
80代以上とみられる高齢者が多く、病と老いが同居しているのも特徴です。
夜中のいびきや咳払い・独り言、ナースコールで何度も目が覚めます。
「明日は我が身」と受け入れ、同情したり声かけもします。

< 知足 >
みずからの分 (ぶん) をわきまえて、それ以上のものを求めないこと。
少し意味が違いますが、自分の状況を受け入れて、不足や無理を言わないことです。
とかく男性はわがままが多いそうです。
食べ物しかり行動しかり許される範囲で辛抱します。

< 感謝 >
主治医の先生には病室でのデータをもとに、何度も病室に足を運んでいただき、丁寧に説明いただきました。

手術後の数日間は大事な時期でもあり、看護師さんには食事・検温・血圧測定・患部の確認・CPMによるリハビリなどなどお世話になりました。
24時間業務と言うことで、日勤夜勤準夜勤など交代勤務の中で、情報の共有に心を配られていました。

リハビリの先生・薬剤師さん・栄養指導課の方々、病棟病室院内を衛生的な状態に保つクリーンスタッフの皆さんにも交代勤務でケアしていただきました。

< 志 > 
  ↓ 
病院の理念・基本方針・倫理綱領

ひと言で言えば「安全安心なチーム医療の提供」でしょうか。
仕事とはいえ医療に携わる「高い志」なしにできないことを実感しました。

恥ずかしい話ですが、70歳を超えて人の痛みを知り、人の情けが身に染みた1ヶ月でした。


  

2020年1月28日 (火)

人工膝関節置換手術体験記 ⅹ

いよいよ退院です。
7日に所用があり、事前にお願いしていた血液検査とレントゲン検査を仕事始めの6日朝に済ませ、即日退院が許可されました。
準備の都合で15時退院となり、昼食後に病室にある私物の片付け、入院費用の支払いを済ませました。

「どれくらい費用がかかった?」とよく聞かれます。
受ける治療(保険適用・保険外費用)や本人の年齢・保険の種類・所帯の所得・個室利用などオプション加算のあるなしによっても変わってきます。

詳しくは入院時に配布される「入院のご案内」に記載されています。

「入院費の支払いと計算方式」→ ダウンロード - siharaikeisan.pdf

「高額医療と自己負担限度額」→ ダウンロード - gendogaku.pdf

入院費精算は1ヶ月分を翌日10日まで、もちろん支払いしないと退院できません。
支払いは、クレジットカードが利用できます。
病院内に郵便局・但馬を拠点とする3金融機関のATMが設置されています。

私の場合、自己負担限度額を超えた分が助成され、月をまたいだ33日の入院で、1日4千数百円程度でした。
明細を見ると食材費相当額に加え、調理費相当額が加わり、結構な金額となります。

そんなこんなで無事退院、受け入れ側の我が家では階段手すり、風呂の手すりとシャワーチェア、予備の一本杖が設置してあります。

転ばぬ先の杖とお風呂
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階段手すりと滑り止め
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退院してすぐに自宅に帰り、ゆっくりくつろぎました。
1週間遅れのお正月として待ちに待ったお酒も、缶ビール2本をなめるようにいただきました。社会復帰の始まりです。!(^^)!

腫れも徐々に引いてきました
20200127_141521_20200128093901何人かの方からいろいろ質問を受け、この病気で悩んでいる方が多いのに気づきました。
その疑問にお答えするため、膝関節治療の内容や病院生活の様子を10回に分けてアップしました。
「自虐ネタ」ですが、同病で悩んでいる方やご家族の皆さんの参考になれば幸いです。

病院関係者の皆さんには本当にお世話になりました。
お仕事とはいえ、それぞれのスタッフの心のこもった対応にはただただ「感謝」しかありません。

退院後20日ほど経過して、車の運転は問題なく、近場の歩きは杖が不要となり、腫れも引いてだんだん曲がるようになりました。
片方の脚にも不安を抱えていますが、退院後のケアや自分でのリハビリを積み、日常生活が問題なく送れるよう励みます。



    

 

 

 

2020年1月27日 (月)

人工膝関節置換手術体験記 ⅸ

32泊33日の長丁場での「病院生活編」です。
2週間経った12月18日の抜糸後にレントゲン撮影が行なわれ、人工関節が問題なく機能していることが確認されました。
ただ、患部付近がぱんぱんに腫れて熱を持っています。
20cm近く膝を切開して広げて、頸骨と大腿骨を削って、パーツを埋め接着する手術で、そう簡単に身体に馴染むはずはありません。

リハビリも順調に進み、19日に歩行器から一本杖使用が認められ、行動範囲も病棟内から院内に広がりました。
こうなると日々の仕事と言えば、朝と夜の病室で検温・血圧測定・傷口の確認と3度の食事です。
お昼前後にリハビリ室で約40分間、マッサージ、膝の曲げ伸ばし、筋力強化、歩行訓練があるだけで、結構時間をもてあまします。

窓越しのシカ見物とドクターヘリの離発着
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希に兵庫県神戸のヘリも発着(病院間移送?)
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クロスワード雑誌100問完答
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もちろん一番の時間つぶしは読書で、図書館から借りた浅田次郎・宮本輝などの小説を20冊読みました。
いくら時間があっても難しいものは無理なので、おもしろい小説の類がしか受け付けません。
寝て読むのは疲れるので、デイルーム(休憩・談話室)でイスに腰掛けながら読むのですが、手術した膝が重だるくて疲れてきます。

もう一つの時間つぶしは、差し入れてもらったクロスワードパズルです。
約100問が一冊に載っていて、1日4~5問を解き暇を潰しました。

ラジオ・ICレコーダー・スマホ
P1260219スマホ・携帯は病室(個室)・廊下・デイルーム(休憩・談話室)で使用できますが、マナーモードに設定し、人の迷惑となる会話は控えます。
写真動画もプライバシーに配慮することは当然です。
電波状況は良好で、メールやインターネットは自由に使えます。
嫁さんや娘達との報告や連絡は100%LINEで済ませました。

それに較べて、ラジオがAM・FMとも電波が入りにくいのが残念でした。
高台にあるのもかかわらず、鉄筋コンクリート造りが影響するのか、病室やベッドの位置によってチューニングに苦労しました。、
21時の消灯後はテレビも禁止となりラジオは大事な友だちで、特に「NHKラジオ深夜便」を楽しみにしていました。
もちろんスマホソフトを使えばクリアなラジオ受信ができますが、私の料金プランでは一定量を超すと負担が生じるので使いませんでした。
これを解決する院内Wi-Fiもそう遠くない時期に導入されるでしょう。

山の歌や青春フォークソング、オールディーズのアルバムをICレコーダーやスマホにどっさり保存し、日替わりで楽しみました。
集中力が要る書籍や目を使うテレビと較べて、ベットで寝ながら、イヤフォンをつけて睡眠の合間に聴くことができるので重宝です。

病棟ではほとんどの人が病衣(パジャマ 利用料100円/日)を利用しています。
病室や廊下も含めて24度~25度に保たれていて、薄い病衣でも寒くはありません。
ただエアコンによる暖房は、乾燥による喉の渇きと静電気を生むのが欠点です。

身体を洗うのはシャワーだけで、イスや手すりなど配慮してあって、2日に1回の割合で利用しました。

売店は2階に「ファミリーマート豊岡病院店」があって、私はNTTドコモの「D払い」利用でキャッシュレスで済ませました。
そういえば、入院費支払いもキャッシュレスでした。

建物はほぼ東西方向に建てられていて、日当たりのよい南向きの病室からは、広い駐車場と山が見えます。
北近畿豊岡道関連の工事や病院駐車場増設工事も行なわれています。
一方北向きの病室は日当たりはないものの、遠くは見目のよい来日岳を中心とする山並みが、近くは豊岡市街地が見渡せます。
東方向にはドクターヘリの駐機場が、西側の山にはシカの親子が時々姿を見せて、ほとんど無くなった草を食んでいました。

 

 

  

2020年1月26日 (日)

人工膝関節置換手術体験記 Ⅷ

世界規模で「新型コロナウイルスによる肺炎」が大問題になっています。
少し不謹慎かもしれませんが、インフルエンザ編です。
20191221_182411 入院して約2週間経った17日(火)、突如「インフルエンザ感染拡大防止」の触れがでて、面会は家族だけ、マスクの着用と手洗いとアルコール消毒が義務づけられました。

病棟のエレベーターを降りたところにテーブルが置かれ、注意喚起のポスターとアルコール消毒液が乗せられ、院内各所にポスターが張られました。

思うに16日に搬送されてきた患者さんが同室となり、骨折の痛みかショックによるものかはたまた高熱でうなされたのか夜間に相当騒いで、一時は部屋を移動されるほどでした。

因果関係は定かではありませんが、翌日午後この患者は個室に移り、「インフルエンザ感染予防」が院内全体に発令されました。
4人部屋で動けるのは私だけ、マスク着用の指示がでて、やたら検温が気にされていたように思われました。

急性期病院であり、老人や重症患者が多いこの病院で「インフルエンザ」の感染、流行がでれば大ごとです。
外部からの持ち込みが一番可能性が高いので、面会制限が家族だけかつ15歳未満の児童は禁止となるのはやむを得ないところです。
感染予防対策は手洗い・マスク着用が強調されました。

インフル騒動の煽りをくって、東病棟にいた私の西病棟への移動は延期になりました。
整形外科・脳外科病棟の東病棟から西病棟に移るのは、治療が進み退院が近づいたことと聞かされていました。
4日遅れの21日に移動してから、1月6日の退院まで、静かな病室でリハビリを主にゆっくり過ごすことができました。

幸い、私が退院するまでインフルエンザ感染があったとは聞きませんでした。
見舞いに足を運んでいただいたのにお会いできなかった友人の皆さん 申し訳ありませんでした。
お気持ちはありがたくお受けしました。


 

2020年1月25日 (土)

人工膝関節置換手術体験記 Ⅶ

病院生活の無聊を慰めてくれる「イベント編」です。
それぞれ忙しい勤務の中で、練習や会場準備を行なっていただいています。

クリスマスポスターと特別メニューのお知らせ
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コンサートとクリスマススペシャルメニュー
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コンサートは、岡本順子さんのピアノ演奏の後、病院職員「ゆかいな仲間達」によるクリスマスソングの合唱が4曲、最後にみんなで「きよしこの夜」を歌いました。
このあとのクリスマスディナーは、から揚げ、エビフライ、ミモザサラダ、オニオンスープ、クリスマスロールケーキの豪華版でした。

観客が少なかったのが残念でしたが、世間や家族と隔絶した感がする療養生活に、変化や楽しみと潤いを提供しようとする病院の皆さんの心遣いが感じられました。

元旦特別メニュー(朝食)
20200101_074830 元旦は盛り合わせ(八幡・松風)、レンコン(花)、菊花カブ、煮しめ、そうめん汁が2日・3日はブリの照り焼き、茶碗蒸し、ばら寿司、ぜんざいなどお正月気分をちょっぴり味わうことができました。

辛党の私にとって、「お屠蘇」がないのがさみしく感じられます。

年末年始のカレンダーは28日(土)から1月5日(日)まで9連休です。
27日の御用納めには、退院患者に渡す請求書を持った事務職員さんが院内を走り回り、可能な患者はほとんど退院されました。

すっかり静かになった病院内がやけに広く感じられます。
それでも医師、看護師、薬剤師、栄養技術課、リハビリテーション課ほか当番の皆さんが勤務されています。
食事をするのとリハビリテーションだけが私の仕事という、70年の我が人生で初体験の年末年始でした。










 

  

 

 

 

2020年1月24日 (金)

人工膝関節置換手術体験記 Ⅵ

「給食編」、入院中は食事も体調を整え、体力回復をはかる大事な仕事です。
8時・12時・18時と一日3度の食事が提供されます。
一日2,000kcalを目安に献立が作ってあり、入院中の必要カロリーを満たしているようです。

献立表と朝食
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昼ご飯と晩ご飯
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水曜と木曜・金曜日の昼食と夕食はAかBのどちらかを事前に選んでおくことができます。
たまに「季節限定料理 焼きうどん」というサプライズもありました。
同室4人のうち、病状や体調によって食べられるのは私だけ、少し申し訳ない気がしました。

事前予約の目印と熱々の鍋焼きうどん
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手術後約2週は「常食」でしたが、数年前から血圧降下剤を処方されていたので、「減塩食 6g」に変わりました。

(減塩食 6g)
20200106_113448薄味には慣れていましたが、大晦日の年越しそばの薄味には閉口しました。
お陰で血圧がどんどん下がって、90±5程度となり入院前の140±5と大きく差が出ました。
これは少し下がりすぎの感じがしますが、アルコールを飲まない、減塩食、安静が影響しているのでしょうか。
退院後かかりつけ医のY先生に話すと、「生活習慣を変えれば薬は不要ですね」と言われました。

不思議なことに社会人となってから半世紀親しんできたアルコールがまったく欲しいと思わなくなりました。
どうやら重度の「アルコール依存症」にはなっていなかったようです。

もともと食べ物の好き嫌いはなく、入院中の食事はすべて完食しました。
提供された金時豆・サツマイモ・ぜんざい・ようかん・フルーツの缶詰・プリン・スイートポテト・干し柿・栗きんとん、辛党の私が普段は口にしない超甘の品々も頑張りました。

肉魚は言うに及ばず、野菜まで生食はすべてなし、辛うじて果物だけだったのは安全を考えると当然でしょう。
かならずホウレンソウ・コマツナ・白菜・キクナのおひたしか和え物・湯通し・炒めのどれかが出て、ちくわ・はんぺん・しらす・かにかま・エノキダケ・ベーコンが一緒に調理されていました。

食事の担当は「栄養技術課」の職員さんで、暮れも正月も、3食の調理・セット・後片付けを看護師さんとともにお世話いただきました。
人により病状により何種かの食事を作るのは大変でしょう。
それを思えば、「足るを知ること」「食べられることに感謝」「残せば罰が当たる」が入院生活の基本と言えるでしょう。

 

 

2020年1月21日 (火)

人工膝関節置換手術体験記 Ⅴ

手術後の治療は合併症である細菌感染(化膿)、血栓症・貧血による輸血などに対し、点滴と投薬、検温、血圧の確認、創部の確認がなされます。
当然のことですが、患部が腫れて熱を持ち、一部に痺れも出ています。
これも徐々に緩和するものの、長期にわたる可能性があるようです。

このようなリスク対応の一方で、機能回復のためのリハビリが行なわれます。
退院まではリハビリが重要な役割を果たします。

9日ガーゼ外しと18日抜糸
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ガーゼが外れたのが9日、シャワーが許可されました。
縫合は医療用のホッチキス止め、20cm程度を14本の針で留めてあります。
2週間後の抜糸でしたが、抜針と言う方が正解かもしれません。

2週間後のレントゲン写真(人工関節)
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自前の関節に置き換わって、見事に大腿骨側と頸骨側の人工関節が処置されたのが確認できます。


 

 

2020年1月20日 (月)

人工膝関節置換手術体験記 Ⅳ

「リハビリ編」です。
手術後2~3日経って、血液受けのドレンや尿道カテーテル、点滴から解放され、管から自由の身となりました。
さっそくトイレやリハビリに車イスで行動ですが、もちろん運転免許はもらえず介助が必要です。


記憶のままに時系列で書くと・・・
4日手術、
5日からCPM(持続的他動運動装置)によるリハビリ開始(5度ずつ角度を増やし21日で終了)
6日、点滴や管を取り外し、車イス利用。

左右のブレーキをかけること、ペダル位置の確認、制御推進の要であるホイール操作を教えてもらいます。
初めての体験なので乗り移りや方向転換など、なかなかうまくいかず、4日後にやっと自走許可が出ました。
同時期に平行棒を持ちながら歩行訓練のリハビリが始まりました。

7日にベッドに腰掛けができ、リハビリ室で平行棒を頼りに歩行訓練、8日に車イスの「運転免許」が出ました。
9日から車いすで病棟階を巡行許可もでました。

車イスと歩行器
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転ばぬ先の杖
P1250217 13日に歩行器使用がOKとなりました。
両者の違いはなにより座るのと立っているのとの姿勢の差です。
歩行器は身体が直立でき、足に負担をかけぬよう腕と正常な足で調整してどんどん歩けます。
トイレやデイルーム(談話室)にも自由に行くことができ、病棟内歩行はもちろん2階の売店にも行けます。

歩行や膝患部のマッサージ、筋力アップ訓練が行なわれる一方、補助手段も車イス→歩行器→一本杖と進みます。
退院の目安は、平地の「杖つき歩行」と階段の上り下りができることだそうです。

リハビリに休日がなく、年末年始も先生方が交代で対応していただけます
先生方には根気強く丁寧に処置していただきました。
腫れと熱を持った膝の屈伸などときには泪がでましたが、できることが一つずつ増えるのが嬉しいことでした。

杖歩行の許可が出ると、病棟の6階廊下(片道約100m)を往復したり、年末年始の人気がないときは用もないのに2階の売店に降りたり、1階各所を回る「訓練=徘徊」に励みました。

年明けになると病棟に1箇所ある「デイルーム」に朝・昼・夜と出かけ、コーヒーを飲んだり、読書したり、テレビを見たりして、病室に帰るのに杖を忘れることもありました。

 

 

 

 

2020年1月13日 (月)

人工膝関節置換手術体験記 Ⅲ

手術1日前に入院し、病棟看護師、手術時の看護師、麻酔医の方々、最後に主治医の先生から説明を受け、付添人ともども手術同意書にサインします。
手術の方法とリスクを丁寧に説明していただきます。
特に細菌感染(化膿)、血液上の問題(血栓症・貧血による輸血など)、ほかに創部周辺の知覚異常(痺れ)、人工材料による異常反応などなど。
事前に聞いたり調べたりしていたので、特に質問もなく「まな板上の鯉」になるしかありません。

手術当日は食事抜き、朝9時開始予定で、手術室入室前や手術台でも、手術場所の確認が行なわれます。
あとは全身麻酔が効いてきて、気がつくと「終わりましたよ」とベッドに乗せられて病室へ帰ります。
左腕に点滴、手術した膝に血液を出すドレンと溜める袋がつけられ、尿道カテーテルが入れられています。
全身麻酔なので病室に移動しても、自己呼吸が定まる夕方まで酸素マスクをつけていました。
水蒸気と一緒に送られるので、鼻や口のあたりに水分がたまり煩わしかったのを覚えています。

人工膝関節全置換術 (参考動画) 

 https://youtu.be/_Aw31KRd1_M               


点滴で痛み止めの効果もあって、患部にはほど痛みは感じられませんが、発熱によるものか背中と腰の痛みに少し悩まされました。
手術した膝につけたドレンから溜まった自己血(600ml程度)袋を、点滴で戻されるのには驚きました。
輸血リスクをなくし、事前の貯血もしなくても済みます。

手術箇所と翌日からCPM(持続的他動運動装置)によるリハビリ開始
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CPMは最初は60度で一時間、一日ごとに5度増えて、130度まで曲がると卒業です。
一方、理学療法士さんによるリハビリも始まりました。
もちろん自力で右脚を動かすことはできません。


 

 





 

2020年1月11日 (土)

人工膝関節置換手術体験記 Ⅱ

膝関節に障害があるという同年代の友人が多いので、「自虐ネタ」となりますが体験記として記録しておきます。

人工関節置換術には、症状によって異なり、膝関節の一部を人工関節に置き換える部分置換手術と、 膝関節の破壊が進み、障害が著しい場合の膝関節全体を人工関節に置き換える全置換術があります。
手術を受ける患者の平均年齢は約75歳と、比較的高齢の方が手術を受けられているそうです。
私の場合は全置換術で72歳、手術適齢期?というのも人工関節の耐用年数が15年から20年程度で、人間寿命と関節寿命が釣り合っているそうです。

手術をお願いしたのが夏場で、そこそこ動ける状態でしたが、12月に予約しました。
持病でもある「腰部脊柱管狭窄症」による腰痛と相まって秋に入ると歩行にも痛みが生じ、膝が回りにくくなって自転車に乗るのが難しくなってきたのでよいタイミングでした。


事前に配布された手引き書 編集発行 日本ストライカー株式会社 

Img_20200112_0001 手引き書の会社がホームページに情報を公開しているので興味がある方はクリックしてご覧ください。
「人工関節全置換術とは」をクリックすると、動画で手術内容が見られます。
   ↓

・膝関節のはなし

・人工関節全置換術とは

・人工膝関節

・合併症

・治療の流れ

・リハビリテーション

 

 

 

 

  

2020年1月 8日 (水)

人工膝関節置換手術体験記 Ⅰ

12月初めに膝関節全置換の手術を受け、術後のケアやリハビリなど病院スタッフの皆さんに大変お世話になり、1ヶ月後の1月初旬に無事退院しました。

40代の頃から正座ができなくなり、痛風発作が出たり水がたまるなど膝関節の異常を感じ、整形外科を受診してきました。
定期的にヒアルロン酸の注射を受け、痛み止めや塗り薬で服用し、患部をサポーターで保護するなど努めてきました。
生活習慣によるものか年々膝関節の変形が進み、2008年ごろから山歩きを始めて、2018年まではそれなりに登山ができていたのが、2019年から痛みが出て通常の歩行もしんどくなってきました。

山歩きはおろか日常生活まで不自由になると、さすがに手術による治療が具体化してきました。
かかりつけのお医者さんから、但馬の基幹病院であり、救急病院であるT病院の紹介を受けました。
人口膝関節置換術は過去5年間で年平均50例ほど実績があるとホームページに書かれています。

因みに2016年と2019年では両足膝とも軟骨が磨り減りが相当進行しているのがわかります。

2016年の膝関節と2019年の膝関節
2016_20200109134301  2019

T病院と病室
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6階からの眺めとドクターヘリ駐機場
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11月に手術前検査で血液や心臓など全身麻酔や関節置換手術に耐えうるかなどのチェックを受け、12月3日入院、4日手術が決まりました。
72年の間、手術はもちろん入院の経験もない私にとって、不安が無いかと言ったら嘘になります。
救急病院かつ整形外科と脳外科の病棟なので、ドクターヘリや救急車での来院が多く、私のような「予定入院」は少ないようです。

 

 

 

 

2020年1月 7日 (火)

新年おめでとうございます

皆さんこんにちは

1ヶ月以上もブログ更新を怠りました。

12月4日に右足の人工膝関節全置換手術を終え、1月6日に退院しました。

術後の経過も順調で、しばらくは杖をかりての歩行です。

階段の上下は杖や手すりの世話になっています。

手術した付近の腫れと熱はありますが、少しずつ改善されるでしょう。

春には山登りは無理でも、ハイキングが出来るように訓練に努めるつもりです。

入院も手術も始めての経験で、いろいろな勉強をさせてもらいました。

 

ブログの更新もできず、年賀状の交換も失礼しました。

長期にわたって留守をすることは防犯上問題あるため、事前にお知らせできなかったことを

ご理解ください。

本年もよろしくお願いいたします。 

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