但馬山友会 レジェンド逝く
15日夕刻に散歩中、乗用車との事故で亡くなった山崎幸雄さんの葬儀に参列しました。通夜葬儀にかけてご近所や友人にのほか、勤務された国鉄機関区、趣味だった詩吟の会、山の仲間がお別れしました。
もうすぐ満98歳で、ベテラン山仲間達が「白寿(99歳)祝う会」を20日に予定されていた矢先の出来事でした。
遺影とご遺族の挨拶状 & 式場
山崎さんは、「但馬山友会」の前身で自然環境保護を目的とした「但馬自然保護協会」の会長として、10年の長きにわたって会の運営と指導につくされました。
その後2001年(平成13年)に「但馬自然保護協会」から、自然に親しみ山歩きを楽しむ「但馬山友会」に移行した後も、顧問として10年間、後輩の運営を支援されながら、一会員として山を楽しんでこられました。
但馬山友会4レジェンド(2019年納会)
90歳を越えた頃から山歩きは無理でも総会や納会には、2月に亡くなった初代会長上谷一さんと一緒にお顔を見せて、山の歌を歌い、ベテラン会員との交流を楽しまれました。いつからか2代会長Hさんと3代会長Kさんと4人を「但馬山友会4レジェンド」と呼ぶようになりました。文字どおり、但馬自然保護協会から続いた但馬山友会を生み育てるのに尽力された伝説の人物という意味です。
6年前に奥様を亡くされたあとお一人となり、日常の家事はご自分でこなされ、健康に留意され、特に拘られたのは歩くことです。1日1万歩を自分に課して、市内のあちこちを歩く姿を見かけた方も多かったことでしょう。
事故に遭われた18時頃といえば、辺りが暗くなり歩行者にとって危ない時間帯です。もちろん事故の原因は乗用車の運転手の過失ですが、「今日は目標の1万歩にまだ足らん」と、歩かれたのでしょうか?
88歳の時、私がリーダーを務めた「2014三瓶山一泊登山」に参加され、労働歌「がんばろう」を口ずさみながら軽やかにに歩いていらっしゃったのを思い出します。
若いときは労働運動の闘士だったとお聞きしますが、私が知己を得たときは人に優しい穏やかな態度と、もの言いでした。
2017年から2019年まで会長を務めた私に会う都度、「頑張ってもらってありがとう。会をよろしく頼みます」と声を掛けていただきました。
標高が高くて険しい峰々が連なるのを「岳」と表現されます。その人生を象徴するが如く戒名にはしっかり「岳」の字が刻まれていました。
自然を愛し、山を愛し、人を愛し、平和を愛し、自分に厳しかった「レジェンド山崎」さんの心を私たちが受け継ぎたいものです。
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