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文化・歴史

2018年3月 2日 (金)

2018 若狭神宮寺 お水送り

1日から奈良東大寺二月堂で「修二会」が始まり、一斉に新聞報道されました。

14日まで続き、12日に行われる「お水取り」が有名です。
今年で1267回を数える希有な伝統行事なのと、これが終わると春が到来することからも親しまれています。
昨年の東大寺二月堂の「修二会」に参拝したので、関連行事である若狭神宮寺の「お水送り」に参加してきました。
 
神宮寺参拝口                    本堂と境内広場
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神事は11時から下根来八幡宮で営まれる「山八神事」から始まりますが、18時からの「修二会」に合わせて参拝者が続々本堂前の広場に集まります。
 
護摩横の中松明                 山伏姿の行者や白装束の僧侶が上堂
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修二会の始まり                  達陀の(だったん)の行
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御香水を手に下堂                護摩焚き・祈祷
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大護摩に火が移され護摩焚きと祈祷へと続きます。
最後に大松明、中松明へ点火して、次に3千人といわれる手松明を持った参拝者に移されます。
約2km離れた鵜の瀬まで「御香水」を護りながら松明の列が、延々と続く様子はまさに幻想的です。
 
大松明へ                      手松明へ
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延々と続くたいまつ行列             遠敷川 鵜の瀬
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1日の爆弾低気圧による強風下なら縮小か中止となったでしょうが、2日は午後から晴れで、満天の星空にひときわ輝くオリオンと満月が厳かな神事を見守っているようでした。
 
中松明が入瀬                  鳥居越しに満月
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大松明、中松明に続き、手松明を持った参拝者の行列が遠敷川(おにゅうがわ)鵜の瀬に到着すると、護摩壇に移され祈祷が始まります。
 
参拝者で大混雑                 鵜の瀬の淵
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                    護摩焚き・祈祷
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21時前に護摩・祈祷が終わると対岸に移動し、ホラ貝の音と読経が響く中で、住職が剣で邪気を祓い、送水文を読み上げ、御香水を遠敷川に注ぎ入れます。
 
対岸へ移動                   水送り(御香水を遠敷川へ)
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御香水は10日後の12日、奈良東大寺の若狭井で汲み上げられます。
有名な「お水取り」と較べて、名は知っていても意外と知られていない行事ですが、近年ツアー参加者も多く、平日にもかかわらず数千人を超えているようです。
聞けば今日は神宮寺、明日は東大寺と神事を掛け持ちしたツアーもあるようです。
 
「若狭と奈良との縁は?」「遠敷川が流れるのは日本海小浜湾、なんで大和の奈良へ?」
お疑いはごもっともです。
 
「当地の伝承では、ある年、奈良市の東大寺二月堂の修二会で神名帳を読んで全国の神を招いたが、遠敷明神は漁で忙しかったため遅刻してしまった。そのお詫びとして、遠敷明神は二月堂の本尊である十一面観音にお供えの閼伽水を送ると約束したという。
白石から下った所にある鵜ノ瀬と呼ばれる淵は、二月堂の若狭井に通じているとされている」(森林の水PR館 小浜市神宮寺)
千早振る神代の昔、神力・法力は常人の想像を超えているのです。
 
友人2人を誘って片道2時間半で竜前臨時駐車に到着し、先に若狭一宮である若狭彦神社と若狭姫神社にもお参りしました。
平日なのでお参りの大半がリタイヤ組と見受けられました。
歳を重ねると神仏に手を合わせるようになるのは同じです。
 
 

2018年2月24日 (土)

笑って学ぶ江戸時代 Ⅲ

豊岡歴史博物館「ミュージアム寄席」も今回が3回目、お題は「食」で最終となります。

例によって「たんたん落語会」の師匠お二人と、可愛いゲストが登場します。
 
「饅頭こわい」
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まずは、なべやまろにぃちゃんの「饅頭こわい」です。
中学1年生。「第12回子ども落語大会」で、笑福亭伯枝賞を受賞し、天満天神繁昌亭の高座に上がる。「第1回キッズ落語北海道大会in砂川」で、審査委員長賞を受賞したとホームページに紹介されています。
おなじみの演目ですが、「怖いもの」と偽り、一番「好きな」饅頭をせしめ、怖い怖いといいながら食べ、騙されたと気づいた仲間に、「今度は熱いお茶がこわい」のオチがあります。
場慣れしていて、仲間とのだまし合いを上手に演じました

「延陽伯(えんようはく)」
P2240084続いて、迷探亭小ん南さんが登場。
これもおなじみの上方ネタで、東京で「たらちね」。
大家の紹介でもらった嫁さんと八五郎のやりとりです。
この嫁というのは、都のお公家さんへ奉公していたらしく言葉遣いが尋常でないのです。
 
名前を聞くと「わらわ、元、京都の産にして、姓は安藤、名は圭三、字を五光と申せしが、我が母、三十三歳の折、ある夜、丹頂を夢見、わらわを腹めしが故に、たらちねの胎内を出でし頃は、鶴女、鶴女と申せしが、それは幼名、成長の後、これを改め、延陽伯と申すなり。
朝になって「あ~ら我が君」から始まって、お米の場所やネギ売りとのやりとりがあったりして、この話のオチは、「ようも、そう朝早うから、難しいこと言えますなあ」と八五郎が言うと、嫁の答えが「朝飯前なりや」でした。
小ん南さんは表情豊かで、ますます芸に磨きがかかってきました。 
 
                       「かぜうどん」
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トリは春歌亭丹馬師匠の「かぜうどん」です。
 
寒い夜に夜泣きうどん屋が商売をしていると、酔っぱらいがお湯や水を無心し、屁理屈で困らせたあげく、食べずに行ってしまいます。
正直者のそば屋と酔っ払いとのやりとりが、丹馬さんの得意なところです。
 
次に「手なぐさみ(ばくち) 」をしている家の遊び人達相手に、世間をはばかった小声でのやりとりで、うどん10杯の商いに成功します。
 
これで気をよくしたうどん屋に小声の客がさらに一人、同じく小声で対応して1杯売ったあとの客が言う、「うどんや お前も風邪引いとんのか?」がオチとなります。
うどんを箸ですすり、薬味をしゃぶり、汁を吸う所作と音がなんとも言えないほど見事です。
 
その後学芸員さんを交えて、江戸時代の食が話題になりました。
一日二食だった食事が、江戸時代になって三食に変わったそうです。
灯りが普及したことで夜の活動時間が増え、遅仕事の後の夜食(夜泣きうどん)も登場しました。
江戸はソバ、上方ではうどんに変わり、有名な噺「時ソバも」、「時うどん」に変わります。
落語を通じて江戸時代の「食」を知り、庶民の暮らしを垣間見ることができました。
 
 
 

2018年1月15日 (月)

笑って学ぶ江戸時代 Ⅱ

豊岡歴史博物館の「ミュージアム寄席」第2回が13日に開催され、前回に続いて参加してきました。

20180113_134501288_2第2回のテーマは「江戸時代のお正月」、お正月の行事や遊びに関連する演目です。
まずは、「尼乃屋河鹿」さんの「初天神」です。
年の初め1月に開催される天神様の縁日にお参りした親子が繰り広げる飴屋・団子屋とのやりとりや子どもそっちのけでたこ揚げに興じる親父を面白おかしく体全体を使って演じられました。
 
 
20180113_135408066_2 次は「春乃そよかぜ」ちゃんの、「千早振る」、百人一首でも知られる在原業平の歌ですが、意味を問われ、知ったかぶりをする問答がおもしろい。
そよかぜちゃんは小学4年生と聞きびっくり、長くて難しい噺を立派に演じました。
 
 
 
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トリは「春歌亭丹馬」さんの「藪入り」です。
奉公に出した可愛い息子が3年ぶりに休暇をもらって家に帰った親の喜び驚くさまが表現されます。
学校もない当時、お店に奉公して礼儀作法・読み書き算盤まで学び成長する様子がわかります。
元ネタではまだまだ続くのですが、時間の関係で半分で終わったのが少し残念でした。
 
 
20180113_142948025最後に学芸員さんが登場し、資料も交えて「江戸時代のお正月」の説明がありました。
正月は年神様をお迎えし、正月飾りで身を浄め、三が日で新年を祝い、鏡開きに次いで小正月になると年神様を火に乗せて天に見送るどんど焼きの行事があります。
 
お参りでは「初観音」が18日、21日が「初大師」、25日が「初天神」、そして「初不動」の28日と縁日が続きます。
 
正月遊びも、百人一首・かるた・花札・福笑いなど室内行事に、羽根つき・たこ揚げ・コマ回しと外遊びもいろいろでした。
戦後に生まれ、古いしきたりや行事が残っていた昭和の中期を過ごしたものとして、楽しい思い出です。
 
パソコンやスマホ・ゲーム機が取って代わった現代、子供たちはどう過ごしているのでしょう。
「明治」だけでなく、「昭和」も遠くなりにけりですね。
 
第3回は2月24日(土)午後1時30分で、演目は「かぜうどん」と「延陽伯・(たらちね)」が予定されています。
 

2017年12月19日 (火)

笑って学ぶ江戸時代 Ⅰ

豊岡歴史博物館で「ミュージアム寄席」が16日に開催されました。

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第1回のテーマは「江戸時代の交通」で、当時の交通手段である駕籠と船です。
演目は、迷探亭小ん南さんが兵庫の港から乗り合う「兵庫船」、ろっ亭あいすちゃんが豆腐釜を担いで逃げる泥棒「釜泥」、トリは春歌亭丹馬師匠の住吉大社詣での客目当て「住吉駕籠」で、いずれもアマチュア「たんたん落語会」のメンバーです。
 
当時の乗り物と庶民の生活とのかかわりを面白おかしく演じられました。
寄席が終わったあとに、学芸員さんと演者の皆さんとのトークショーがあり、陸の乗り物である駕籠の種類や料金、駕籠かきは親方から駕籠を借りて働く制度など庶民の生業や生活が推し量られます。
 
一方海や川の乗り物の三十石船や金比羅船の様子は興味深いもので、定員や値段・所要時間・トイレの様子も話題になりました。
敷居が高いと思われがちな「豊岡歴史博物館」を身近のものにしたいとの企画でしょう。
 
それにしても春歌亭丹馬師匠はますます円熟味を増しています。
昨年の「こみゅにてぃ寄席」でお聞きした人情噺「井戸の茶碗」も素晴らしかったし、今回時間の関係で端折られた「住吉駕籠」も通しで聞いてみたかったですね。
 
春歌亭丹波さん                   トークショーで江戸時代のお勉強
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第2回は1月13日(土)テーマは「江戸時代のお正月」で、演目は「初天神」「看板の一」が予定されています。
 
 
 
 
 

2017年9月16日 (土)

講演 アメノヒボコの考古学

豊岡市立博物館では第41回企画展、「但馬一宮 出石神社の名宝」が開催されていて、同市学芸員仲田氏の講演「アメノヒボコの考古学」が開催されました。

通常の歴史学に較べて考古学は古墳・遺跡・土器などわずかに残されている断片などから当時の文化・生活など推測する難しい学問のようです。
『古事記』『日本書紀』に登場するアメノヒボコは新羅の王子で、太古に日本に渡来してきて、但馬や畿内に大きな影響を与えたとされています。
 
古墳時代の朝鮮半島情勢
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講演は古墳時代7世紀までの朝鮮半島情勢から始まりました。
それを踏まえて、朝鮮半島との交流・渡来人の関わりについて但馬出土の渡来系遺物である「鉄」、「土器」、「古墳」の写真資料をもとに話されました。
 
大陸から海続きの日本海側、但馬との交流は計り知れないものがあったと思われます。
渡来系の氏族である秦氏、出石町袴狭遺跡の遺物500点から人名と思われる90点のうち、69点が「秦氏」が記されているのも驚きです。
 
まとめとして、渡来人一世の痕跡は少なく、倭人化した二世以降の存在がうかがえるとのことでした。
アメノヒボコは「個人」なのかはたまた「集団」なのか、資料も少なく神話と遺構・遺物から推察するしかないようです。
 
いずれにしても朝鮮半島は大陸文化との交流窓口で、政治的・軍事的にも倭国に大きな影響を与えてきました。
 
<ユネスコ憲章>
 
「相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。・・・・・・」
 
日本と朝鮮半島、中国大陸の交流の歴史を考えると、現状は嘆かわしいものです。
この教訓を生かさないといけませんね。
 
 

2017年8月15日 (火)

戦後72年 敗戦の日

昨年の記事「戦後71年 敗戦の日」を再録します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

8月15日はアジア・太平洋戦争の終戦記念日とされ、戦没者追悼行事が行われます。

ところが15日は天皇が日本国民に向けてラジオ放送された日でしかなく、日本政府がポツダム宣言受諾を英米に回答したのは8月14日とされます。
無条件降伏を受け入れた大日本帝国の敗北は、絶対主義天皇制と日本軍国主義の敗北で、単なる「終戦」ではなく正確に「敗戦」と呼ばれるのが筋だと思います。
国際的には降伏文書が調印された9月2日が連合国の「戦勝記念日」と設定されています。
 
それはともかくこの戦争でアジア・太平洋地域で2,000万人以上、日本国民も310万人の死者がでています。
 
伯父と叔父の墓碑
P8120140_2 私の家でも、日中戦争の最中13年と14年に、伯父と叔父の二人を中国大陸で失いました。
戦死も初期だったことで、地区を挙げての慰霊を受け、妻は「靖国の妻」、祖父母は2人の息子をお国に捧げた「靖国の父と母」として、靖国神社臨時大祭に招かれています。
府市場区墓地の中でひときわ立派な墓碑が並び立っていて、子供の頃は誇らしくもありました。
 
一軒の家に2人、13年と14年に連続しているのはまれで、残された妻と幼な子、父母の秀蔵・民恵の悲しみは想像を絶するものでしょう。
授与された勲章や靖国の英霊としての扱いも、戦死の悲哀が誉れに替わるはずはありません。
 
敗戦から71年、アジア諸国への「植民地支配と侵略」の歴史から学ぼうとせず、再び「富国強兵」の道を歩もうとする安倍政治に強い危惧を抱きます。
また最近の若者の認識にも中国や朝鮮などに対する「嫌・反・憎」の気運が目立つようになりました。
中学・高校の歴史の授業は明治で時間切れ、口では反省を唱えながら昭和の歴史をほとんど教えてこなかった責任も重大です。
 
排外・愛国を強調し強い国を目指すトランプはアメリカだけに居るのではなく、日本にもいま育ちつつあることに不安を覚えるのは私だけではないでしょう。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
北朝鮮とアメリカの恫喝合戦が続いています。
現体制の継続を保証させたい金正恩が、国連安保理の決議を無視して、核やミサイルの開発を進めています。
アメリカのイラク侵攻→フセイン政権の崩壊から学んだのです。
 
日米韓を敵視する金正恩ですが、安倍政権の最大の応援者でもあります。
安倍内閣が富国強兵・憲法改正・国政私物化などで批判を浴び、支持率が落ちそうになると決まって、核実験・ミサイル発射で「将軍さま」が助け船を出します。
そのたびに安倍内閣が軍事脅威を強調し、「防衛体制」の必要性を楯に求心力を取り戻しているのがよくわかります。
 
過去の戦争いや歴史において、他国からの脅威を理由に有事体制を強め、衝突へと突き進んできました。
米朝両国に自制を求めると同時に、前提条件を廃し、直接対話するのが緊張緩和の第一歩です。
疑心暗鬼に駆られる際限ない戦争準備に較べてこれほど崇高な政治行為はありません。
 
大学の先輩で石見銀山ガイドの会会長のAさんがよく引用するユネスコ憲章前文の冒頭。
 
戦争は人の心の中で生まれものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
さらに、ここがポイントだと続けて・・・・・
 
相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。・・・・・・
対話を重ねる中でお互いを知り、理解することから始まります。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」といいます。
 
 

2017年3月19日 (日)

東大寺 修二会 祈祷寶牘

P3190042_5 17日の土曜日東大寺二月堂から郵便が届きました。

開けてみると、修二会行法の無事満行の報告とお礼とのことで、「二月堂修二大法會御祈禱寶牘」のお札が入っていました。
「寶牘(ほうとく)」とはお札のことだそうです。
4日夜に内陣参拝をした折、若干の寄進したお礼でしょう。
 
修二会行法を満行すると今でも天皇にカビだらけのお餅とお札を皇居に持参し、報告するそうです。
「家内安全・身体健全」のご祈祷札は、仏壇でなく神棚に上げておきました。
東大寺手向山八幡宮を始め二月堂隣にも神社が共立しています。
明治期の廃仏毀釈(神仏分離)の荒波も勅願寺東大寺は別扱いとなったのでしょうか?
 
 

2017年3月12日 (日)

東大寺 修二会 内陣参拝編

塗塀の通路には結界が        次の出番を待つお松明
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闇に浮かぶ二月堂           登廊から二月堂
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内陣参拝証
P3040044 お松明に導かれて初夜上堂が行われ、事前に頂いた許可書を提出し入堂が許されます。
 
行をおこなうのは練行衆と呼ばれる11人の僧侶です。
あくまでも法会なので女性が入れるのは外側の「局(つぼね)」まで、格子越しに行を拝見することになります。
一方男性は外陣まで進むことができ、白麻の扉帳越しに内陣で行われている行を拝見します。
ほとんど照明がなく、何本かの灯明が暗闇を照らしてくれます。
菜種油が燃える時に出るススが周りに広がり、少し息苦しく付けたマスクが黒ずんできます。
2時間も居れば髪の毛も鼻の穴も黒くなります。
 
21時半ごろから大導師作法で神名帳、過去帳が読み上げられ、続いて声明(しょうみょう)が始まると、幕越しに映る影とともに想像力の世界が始まります。
声明を唱えながら内陣を木沓で駆け巡る足音や錫杖の鈴の音や板に膝を打ち付ける「五体投地」など、極めて動的な行が続きます。
  、
0時過ぎに休憩?が入り、廊下伝いに一度出てだけで外陣と正面の局で約4時間、行が終わって下堂となったのが1時過ぎでした。
大陸から仏教が伝えられて200年の奈良時代、松明のほかこの日は無かった「達陀(だったん)」の行などゾロアスター教(拝火教)要素も混じります。
火と水の融合を感じる修二会です。
 
12日(13日2時頃)のお水取りを終えて修二会は14日まで続き、関西では「お水取りが終わると春が来る」といいます。
兵庫県南部ではイカナゴを「春告げ魚」と呼びます。
雪国但馬は少し遅れて「初午大祭」が終わると春が来るのです。
 
 
 

2017年3月10日 (金)

東大寺 修二会 お松明編

記事が遅くなりましたが、修二会の見学報告です。

但馬出発が13時半、東大寺着が17時ごろ、19時のお松明見学、21時から二月堂内でおこなわれる練行衆の行法を見学します。
行が終わるのが夜中の1時頃という長丁場です。
 
東大寺南大門                   二月堂
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懸けづくりの舞台                 二月堂正面
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土曜日とあってお5時頃から松明目当の参詣客(見物客)が二月堂下の芝生に陣取り始めました。
予想では2万人程度が集まるとのこと。
 
大松明見学のベストポジションに待機する参詣客(舞台から撮影)
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                   若狭井(お水取りの場所)            
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増える一方の参詣客             二月堂からの夕日(中央・大仏殿、奧・生駒山)
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752年から1266回を数える伝統行事ですが、舞台で火のついた松明を振り回すのが修二会のシンボルとなっています。
入堂する足明かりとしてお松明が燃やされ、練行衆が二月堂の登り廊下を次々登って行きます。
松明は1人に1本ずつ焚かれ、この日は10本で12日のお水取りには11本となるそうです。
待機中に修二会の行法の内容や由来などの説明が日・英・中の3カ国語でありました。
 
回廊から上る大松明と舞台上の大松明   南西角の大松明
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お松明から燃え落ちた杉葉
P3050002 バスを連ね大松明目当ての観光客が目につきますが、毎年のように参詣し、ご利益がある火の粉を浴びるとのと、松明から燃え落ちた杉葉を持ち帰って家に祀る人があります。
約20分のお松明が終わると、一気に人が帰り始めます。
我々は付近で腹ごしらえし、21時から夜中まで続く行法に参加します。
 
 
 

2017年3月 2日 (木)

若狭神宮寺 お水送り

お水取り行事は春を告げる行事として特に有名です。

一方3月2日に若狭の国、小浜の神宮寺の「お水送り」は案外知られていません。
東大寺の「お水取り」に先がけて、神宮寺と遠敷川・鵜の瀬(うのせ)でおごそかに繰り広げられる伝統的神事で、遠敷川に注がれた「お香水」が10日かかって東大寺二月堂の「若狭井」に届くとされています。
 
奈良と若狭の深い関係にあったことを物語る歴史的な行事ですが、もとは神様のうっかりミスから始まったようです。
 
 東大寺を開山した良弁(ろうべん)僧正は、若狭小浜の下根来(しもねごり)(白石)出身とされ、大仏建立には当時若狭にて修行中のインドの渡来僧・実忠(じっちゅう)が招かれています。 天平勝宝 4(752)年、この実忠が東大寺二月堂を建立し、修二会(しゅじえ)を開いて全国の神々を招きました。ところが、遠敷明神が漁に夢中で時を忘れて遅刻(ちこく)しました。そのおわびに本尊(ほんぞん)に供えるお香水を若狭から送ると約束し、二月堂の下の岩をたたくときれいな水が湧(わ)き出したと伝えられます。そこでこの湧水(ゆうすい)に命名されたのが「若狭井」です。森林の水PR館より)
 
3月2日、神宮寺で汲まれた「お香水」は、各種神事や行を経て松明行列とともにの「鵜の瀬」まで運ばれ、住職が送水文を読み上げ、「お香水」は筒から遠敷川に注ぎ込まれます。
 
太古から続く奈良と小浜(オバマ)の絆 「お水送り」 ↓ をご覧ください 観光連盟福井県
   
今回は4日(土)から奈良「お水取り」を見学に行きます。
但馬から小浜神宮寺まで車で2時間半、来年はこの「お水送り」を見学するつもりです。
 
 
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