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2025年8月24日 (日)

第4回落語甲子園 in 出石

甲子園球場では全国高校野球大会が沖縄尚学高校の初優勝で幕を閉じました。沖縄県勢が夏の甲子園を制したのは、2010年に春夏連覇を達成した興南高校以来、15年ぶりだそうです。 戦後80年となる記念の年、沖縄戦の悲劇やその後の米軍基地被害で苦労を重ねている沖縄県民にとって大きな励ましとなりました。

同じ兵庫県の出石町で「第4回全国落語
甲子園」が開かれ、サポーターとして昨年に続き参加してきました。こちらは、バットとグローブの代わりに扇子と手ぬぐい、ユニフォームは着物と足袋・ぞうり姿です。

出演者と演目一覧 & 入場式
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観客全員が審査員で、全員の落語を聞いた後、事前に渡されたピン球3個を気に入った演者に投票します。

最優秀賞(第1位)     春乃 そよかぜ さん 「蔵丁稚」  (高3・兵庫)
優秀賞   (第2位)     ピコピコ亭 たい焼き さん 「八五郎坊主」 (高2・和歌山)
豊岡市長賞(第3位)   算盤亭 暗算 さん 「権助魚」 (高2・福岡)
他の8人もそれぞれ、表彰を受けました。

最優秀賞:春乃そよかぜ さん & 豊岡市長賞:算盤亭 暗算 さん

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春乃 そよかぜ さん は昨年に続き連覇となります。ホームグラウンドの観客とのコミュニケーションも上手で、3年連続出演経験の強みを生かした堂々たる演技でした。
第2位のピコピコ亭 たい焼き さん、第3位の算盤亭 暗算 さん も昨年に続き2回目の参加で入賞しました。
来年は3年生となり受験もあるでしょうが、さらに磨いた芸を見せてもらいたいものです。
遠く鹿児島から初参加した 内田亭 直之助 さんの「蛇含草」も良い出来でした。3年生なのでもう参加はできませんが、今回の経験生かして次のステージに向けて精進を期待します。

会場の雰囲気、観客とのコミュニケーション、マイク活用法
など、初参加では荷が重く、経験者が優位なのは否めません。

聖地;永楽館入口 & 出演者揃ってお見送り
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出演者一同(大会公式ホームページ)
77b692faab5d99b165f716a8f0e8c501_9e4c0f2会場の出石永楽館は、6月に公開され、興行収入が邦画実写作で歴代2位の110億円に達した映画「国宝」のロケ地になったことで、注目されています。ロケ終了後、俳優の吉沢亮さん演じる「喜久雄」が使った鏡台のほか二人藤娘の歌舞伎絵、楽屋に置かれたびょうぶ絵などの提供を受け、今月5日から公開されています。
出演の高校生も芝居小屋の雰囲気だけでなく、映画「国宝」の舞台で演じられるのを誇りに思っているようでした。

 

2025年8月23日 (土)

2025 地蔵まつり

地蔵盆の23日は府市場区でも「府市場地蔵まつり」が区を挙げて行われます。

案内文書には『お地蔵さまはすべての民を救済してくださり、関西では子供を守る仏として、府市場でも8月23日の「地蔵盆」には子供たちがお祭りし、お団子をお供えしています。昭和の時代、国府市場(こうのいちば 6・7隣保)では、お団子の代わりに木型を使ってタイやハスの形を作り、食紅で色をつけて蒸した手作りのお菓子をお供えしていました。2005年(平成17年)から子供中心の「地蔵盆」を「地蔵まつり」と変えて、区全体のお祭りとしてバザーを用意し、区民の懇親・交流をはかる夏祭りとなりました。』と書かれています

つまり今年が2025年ということは、区主催の「地蔵まつり」になって20周年になります。
かっては屋外の薬師師堂前の広場で行われていたのが、残暑厳しい折、熱中症やトイレ、バザーで提供する食品など衛生面を考慮して公民館と公民館前広場で行われるようになりはや7年になりました。

歓談の場所は大広間 & 靴だけでも40足、他に下駄箱にも多数
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人気の焼きそば & かき氷と風船吊り
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今年はいつも以上に見慣れない顔があったのは、新しく入区した方や次の世代の家族が多かったからでしょう。世代交代が進んでいるのです。
役員負担軽減から、見直しの意見も出ていますが、家族が揃って集まる機会はこの夏まつり以外ありません。
区役員を中心に、20人を超えるスタッフの皆さん! 連日の熱中症警戒アラート発令中にもかかわらず、準備や当日の運営、片付けと大変お世話になりました。

府市場区には7ヶ所にお地蔵さまがお祭りされています。2020年の役員の時、調べたものがブログに残っていました。

「府市場七地蔵めぐり(一)観音堂横」↓ 
https://izayamiki2.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-b3ebd7.html

ここから7回連続で、区内のお地蔵様の調査結果を載せています。

 

 

2025年8月19日 (火)

もうすぐ地蔵盆

我が家に隣接して観音堂が置かれ、その横に寄り添うように地蔵堂が置かれています。広場には子供の遊び場として、鉄棒・滑り台・雲梯が設置されています。
我が家の隣地でもあり、農機や自転車の出入りに利用させてもらっています。                

最近スズメバチも見まごうほどのアシナガバチが出入りしているので調べると、本尊の奥の石仏の裏に大きな巣を作っていました。
蜂の動きがない早朝を見計らって、蜂撃退スプレーで退治しておきました。数えると13匹は確認できました。

石仏の奥 & 退治後の巣とハチ
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地蔵盆には地蔵尊を広い観音堂に移動する作業があり、中学生に被害が及ぶところでした。
その時気づいたのが、地蔵尊の御前に設置してある賽銭箱が箱ごとなくなっていました。お参りされる方のお気持ちの受け皿として、百均の賽銭箱を強粘着テープで止めていました。

箱ごと引きちぎられた賽銭箱跡
250814070757690地蔵盆に子供たちに外させて、お賽銭として処理つもりが、その前にやられてしまいました。
たぶん「流しの仕業」でしょうが、罰当たりなことです。

一昨年夏に盗られて、厳重に張り付けたのですが、強い力には勝てなかったのでしょう。
昨年は大丈夫だったので、油断していました。
次はもう少し厳重な方法を考えます。

こういう輩こそ蜂に刺されればよいのに・・・・。

 

 

 

 

 

 

   

 

 

2025年8月18日 (月)

久しぶりの「くさや」

お墓参りに来ていた横浜在住の娘1にお土産の無心をしていました。こちらでは買えない魚の干物「くさや」です。あちこち探したけどなくて、結局ネットで注文したようで、結構値が張ります。12日に到着したけど、「私たちが帰ってから焼くこと」の条件付きでお預けを食らっていました。

関西の人にはなじみがありませんが、伊豆諸島の特産品でトビウオやアジを「 くさや液」と呼ばれる魚醤に浸けた後、天日干ししたもので、焼くと独特の臭気を発します。
「西の鮒寿司、東のくさや」は匂い物の横綱格で、乳酸菌の働きで発酵させることで、材料の旨みを引き出し保存食になります。

くさや独特の匂いとは、私たちの年代では身近にあった「肥え溜め」の匂いに似ていると言われます。食べたことがない人、臭覚センサーが過敏な方には、蛇蝎のごとく嫌われます。
ただ、独特のうま味が酒の肴としてうってつけで、その個性ゆえに一度食べると病みつきになります。

伊豆大島くさや食べ比べ4枚セット
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ムロアジ
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トビウオ
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さっそくビールのあてに & 焼酎にもバッチリ
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焼くとき、食べるとき、付近に「人がいない」のをお勧めするのは、その独特な匂いが苦情の元となるからです。
友人で絵描きの小山譲 君は東京暮らしが長く、「くさやを焼くときは、向こう三軒両隣に触れをだし、了解をもらって窓や扉が閉まったのを確認するのが礼儀」と言います。幸いこちらは田舎町で向こう三軒両隣には相当距離があるので、こっそり焼かせてもらいました。
焼いている途中、普段めったにお目にかからないハエが2匹飛んできました。

久しぶりにくさやに出会った感想は、「???あまり匂わないなぁ」「こんなにくせがなかったかなぁ」でした。
歳を取って私の臭覚がマヒしてきたのか、くさや自体がマイルドな味に進化したのでしょうか?
そういえば初めて飲んだ時、臭くて閉口した芋焼酎ですが、今はマイルドすぎて物足らず、だんだん濃くして飲むようになりました。
経験と学習を重ねて得る「慣れ」とは恐ろしいものです。人はこうして未知なるものを取り込んできました。

いっぺんにいただくのはもったいないので、半分は、ジッパー付きビニール袋を2重に包んで冷蔵保存しておきます。焼いた半分は、ビンに入れて厳重に蓋をして明日いただくことにします。

2011年東京出張の際、上野のアメ横近くの居酒屋で体験した「くさい仲」の記事をクリックしてご覧ください 
  【 画像をクリックしたとき、左端の(←)戻るボタンで元の記事に戻ります 】
              ↓   ↓   ↓
     http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-73fc.html

 

2025年8月15日 (金)

アジア・太平洋戦争終戦80年の日 (伊佐屋のアジア・太平洋戦争)

8月15日はアジア・太平洋戦争の終戦の日とされ、国を挙げて戦没者追悼行事が行われ、今年が80年目」となります。
この戦争でアジア・太平洋地域で2,000万人以上、日本国民も軍人230万人、民間人80万人、合計310万人の死者がでています。

伯父と叔父の墓碑
P8120140_2私の家でも、日中戦争の最中、昭和13年と14年に、次男伯父と四男叔父の二人を中国大陸で失いました。戦死が開戦初期だったことで、地区を挙げての慰霊を受け、妻は「靖国の妻」、祖父母は2人の息子をお国に捧げた「靖国の父と母」として、靖国神社臨時大祭に招かれたり金鵄勲章も数個授けられています。。

府市場区墓地の中でひときわ立派な墓碑が並び立っていて、子供の頃は誇らしくもありました。
四角柱に頭部が方錘型の独特な形態になっていて、柱のぐるりに出自、学歴・仕事歴、入隊の時期、軍での働き、戦死の場所など故人の歴史が刻まれています。普通は出自と応召日と部隊名、死亡日と場所だけです。これほど記録された墓石は珍しいものです。
どちらも中国大陸を転戦し、伯父は中国軍に囲まれた白兵戦で、叔父は交戦中に相手迫撃砲が命中して戦死と記しています。

一軒の家に二人、13年と14年に連続しているのは稀なことで、残された妻と幼な子、父母の悲しみは想像を絶するものでしょう。授与された勲章や靖国の英霊としての扱いも、戦死の悲哀が誉れに替わるはずはありません。
続いて16年に造船所設計技師だった五男叔父が無理な勤務がたたり、結核に罹患して養生していた但馬の自宅で亡くなり、看病していた母が結核感染して同年、後を追うことになりました。

さらに過去の病で徴兵猶予されていた三男が、18年に勤務先の中国開封で現地招集されています。幸い生きて21年4月に復員することができましたが、あわや三人目の戦死者となるところでした。おかげで私たち兄弟がこの世に生を受けることができました。

この間、20年には戦死した伯父の遺児〇子が伊佐屋家で病死しています。
祖父は父母・子・先妻・後妻・兄弟・孫と何人を見送ったことでしょう。
これが「伊佐屋のアジア・太平洋戦争」です。

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敗戦から80年、アジア諸国への「植民地支配と侵略」の歴史から学ぼうとせず、再び「富国強兵」の道を歩もうとするアジア隣国敵視、対米追随の政治に強い危惧を抱きます。
また最近の若者の認識にも中国や朝鮮などに対する「嫌・反・憎」の気運が目立つようになりました。
7月の参議院選挙では、先の大戦をアジア開放のための「大東亜戦争」と呼び、国民主権の憲法を変え、核兵器の保有さえ認める参政党が14議席を得ました。
差別と排外につながる「日本人ファースト」のスローガンも、危険な考え方です。

過去の戦争いや歴史において、他国からの脅威を理由に有事体制を強め、衝突へと突き進んできました。今も戦争と名がついていませんが、世界で殺し合い、壊し合いが行われています。
関係国に自制を求めると同時に、前提条件を廃し、直接対話するのが緊張緩和の第一歩です。疑心暗鬼に駆られる際限ない戦争準備に較べてこれほど崇高な政治行為はありません。外交と政治による解決が、歴史から学ぶ唯一の手段です。

2021年に豊岡市に開学した「兵庫県立芸術文化観光専門職大学」の平田オリザ学長が、2022年の入学式辞でこう述べています。
・・・・観光は、ただ経済のためだけのものではありません。海外からたくさんの方々に日本に来ていただき、日本の多様な文化を知っていただき、そして「日本というのは素晴らしい国だなあ、こんな国とは戦争してはいけないなあ」と、世界中の多くの方々に思ってもらう。それが観光の最大の役割です。

 芸術文化も同様です。日本の芸術を海外に紹介するのは、日本人が何に悩み、何に苦しみ、何に喜んできたのかを世界の人々に伝えることにほかなりません。軍事力や経済力といった目に見える力以外に、国家が行使しうる外交力のことを「ソフトパワー」といいます。観光と芸術は、日本が有する最大のソフトパワー、安全保障の一環です。・・・・

対話を重ね交流を深める中でお互いを知り、理解することから始まります。

 

2025年8月12日 (火)

2025 第77回西医体 ラグビー大会

今年も神鍋高原で「第77回西医体(西日本医科学生総合体育大会)ラグビー大会」が開催されました。8月3日から44校が熱戦を繰り広げ、決勝と3位決定戦が小雨の中、12日に行われました。
ラグビー好きの伊佐屋君は毎年観戦を楽しみにしています。たまたま娘2人の家族が墓参りに来ていて、6人で傘を持って応援しました。

3位決定戦は、浜松医科大学vs大学・良県立医科大学・都大学(阪奈京)3校合同チームで戦われ、26対19で浜松医科大学が勝利しました。
引き続き決勝戦が、久留米大学vs宮崎大学で戦われ、なんと両校2トライ2ゴールの14対14で譲らず、珍しい
両校優勝となりました。

ラインアウト & スクラム
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モール & ラック
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久留米大学のトライ & 宮崎大学のトライ
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閉会式 & 両校にカップ授与
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今年の主管校は鹿児島大学なので、ほとんどの競技は鹿児島県内で行なわれます。ただ競技場と宿泊の関係で、民宿や中・高校の合宿地でもある神鍋高原が決められていて、8月に植村直己記念公園競技場や但馬ドームグラウンドなど4ヶ所で行われます。
つまり西医体(西日本医科学生総合体育大会)ラグビーの聖地が神鍋高原なのです。

準決勝と決勝を観戦しましたが、小雨の中滑るボールをパス回しで前に落とすノックフォワードも少なく、ロングキックもそれぞれしっかりキャッチし、攻撃に切り替えるテンポの良い試合運びでした。
医系に限られ学生数が少ないなど制約はあるのでしょうが、セットプレーやパス回し、キックやタックルなどよく鍛えられたプレーで見応えがありました。暑さを考えての20分ハーフは、見る側は少し物足りないように感じられました。



 

 

2025年8月 6日 (水)

旱天の慈雨

昨日の夕方からの雷雨で、久しぶりに田畑が潤いました。高温と乾燥にあえいでいた野菜たちが元気づいたのがわかります。
ただ、30度以上の高温は当分続くようなので、油断はできません。

我が家の水田は蘇武神鍋山系の豊かな自然の恩恵で、水はなんとか確保できています。
ただ、地域によってはひび割れが進んで、出穂期に必要な水がたりないところも出ていました。昨日の夕方から夜にかけての雷雨は、まさに「旱天の慈雨」となりました。

出穂が終わった伊佐屋水田
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水があっても、出穂期から登熟期にかけて夜間の高温が続くと、未熟の乳白米や胴割れ米となり、品質と収量低下につながります。
コメ不足もあってJAの買い入れ価格(概算金)が上がり、生産意欲が増したところにこの異常気象は、コメ不足解消と値段の安定を難しくさせます。

「減反から増産へ」。政府が批判されていた「減反政策」「転作補助制度」から、コメの増産に舵を切ることが決まりました

歴代政府の政策失敗でコメ不足に気が付かず価格高騰を放置し、急遽備蓄米の放出で価格を下げたと評価する「自作自演」もバカげた話です。

ただ、増産することで需給バランスが崩れ、コメ価格の下落も心配されます。
カロリーベースの食料自給率が38%、100%自給できるのは米だけです。後継者不足や耕作放棄地の増加など問題を抱えながら、日本の食を守る農家が安心して米作りができる施策考えてもらいたいものです。

我が家は農家というよりも、「コメ&野菜の自給自足」を業としていて、販売は一切していません。ただ、生産的労働に関与し体と頭を使うことが、生きがいとなり健康維持に役立っています。

 

 

2025年8月 5日 (火)

2025 日照り、干ばつの夏

連日猛暑日が続き、雨が全く降りません。この夏、伊佐屋君が住む兵庫北部:豊岡の7月の猛暑日(35度以上)は13日連続で合計20日を記録しました。

異常な高温が続く上に、雨が全く降らないので、畑の作物に大きなダメージを与えています。
水田のように水路があるわけでなく、水分の供給はもっぱら雨に頼っています。アズキや豆類を播いても芽が出ない、夏野菜が早々と枯れてしまうなどの被害があちこちに出ています。 
このままでは秋冬野菜にも影響してくるでしょう。

元気だったサトイモ(5月末) & 葉焼けしたサトイモ(8月初め)
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寒冷紗で日除けしても枯れた株がでたショウガ
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今朝の天気予報
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夜中明け方が30度から下がっていません。15時頃から雷雨があるのと、週間天気では7日に一時
雨が降りそうで、気温が35度以下が続く予報が出ています。

「熱中症アラート」はずっと続いています。人は自然にあがらうことができない存在です。
記録的な日照り・干ばつ、
異常気象が収まりますように・・・・。

 

 

 

 

    

 

   

2025年8月 1日 (金)

庭のゴーヤ

南向きの縁側のグリーンカーテン(日よけ)として、毎年ゴーヤを植えています。
ゴーヤは連作を嫌い2~3年、間をあけるほうがよいとされます。
アサガオやフーセンカズラを植えたことがありますが、
繁殖力が強く遮光効果がより期待できるので、土を半分入れ替えたり連作障害防止効果がある特別な堆肥使って育てています。

ゴーヤ(適熟と過熟)

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ゴーヤの実が赤くなるのは、完熟したサインで、鳥に種を運んでもらうための作戦だそうです。未熟なうちは緑色をして苦みがありますが、完熟するとオレンジ色になり、中のゼリー状の部分が甘くなります。この部分は鳥にとって魅力的な餌となり、食べて種を遠くまで運んでもらうことで、子孫を増やそうとするそうです。
鳥ならぬ伊佐屋君は食べずに翌年の種として保存します。野外の植物でも、鳥や動物に食べてもらうため、実の色を目立つようにしたり芳香を放って完熟サインを送るものがいます

 

 

   

 

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